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子供の頃、夏休みは父方の実家に行くのが恒例だった。 - 超怖い話 実話

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子供の頃、夏休みは父方の実家に行くのが恒例だった。

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子供の頃、夏休みは父方の実家に行くのが恒例だった。

田舎なので、兄と二人で山で遊ぶくらいしかやることがない。

山は祖父のものなので、
手書きの地図を見せられて

「この道からはずれるな」

などと注意をされていた。

道は頂上まで続いていて何箇所かに脇道もあったが、
脇道の先は行き止まりで崖になっているから危ないとかいう理由だった。

兄も俺も無茶をしない大人しい性格なので、
いつでも自由に山に入ることができた。

片道1時間半くらいの道のりで、
蝶や蝉を取ってきたり、
頂上でおにぎりを食べたり相撲をとったりした思い出がある。

俺が小6で兄が中3の年、
頂上まであと5分くらいというところまで来たときに、兄が

「ウンコがしたい」

と言いだした。

俺に

「ちょっとここで待ってろ」

と言うと、左手の脇道に走っていった。

それは地図上で見る頂上手前の最後の脇道で、
少し曲がりくねってはいるが長さはさほどなく、
突き当たりに小屋のような建物があるはずだった。

地図の小屋の絵には『火猿』と書かれていたのを覚えている。

意味はわからないが、
なんとなく妖怪のような印象があったので、
兄とよく

「カエンがくるぞー」

などとふざけて口にすることがあった名前だ。
(ポケモンのゴウカザルを初めて見たとき、
俺の火猿のイメージにそっくりだと思った)

しばらく待っていると兄が戻ってきて、
腹の具合が悪いから帰ろうと言った。

帰り道、兄はほとんどじゃべらず、
俺の話にも相槌を打つ程度だった。

家に帰り着いても無口で、
夕食を食べるとすぐに寝てしまった。

祖父が俺に

「ケンカしたのか?」

と聞いてきたので、
兄が腹をこわして火猿のところでウンコをした話をした。

そのほかに印象に残っている出来事はない。

翌年の夏休みからの家族旅行は、
なぜかハワイや軽井沢などになって、
父の実家に行くことはなくなった。

そのうち祖父母も亡くなり、
俺たち兄弟も就職して一人暮らしをするようになり、
祖父の山のこともずっと忘れていた。

去年、兄と二人で酒を飲む機会があったとき、
思い出話で盛り上がった。

ふと俺が山のことを思い出し、

「カエンで野糞したよな」

と笑いながら言ったら、
兄は急に黙ってしまった。

「なんだよ。なにかあんのか?」

と冗談めかして聞くと、ぽつりと

「子供がいた」

と言った。

背筋がゾッとした。

兄は脇道の奥に小屋があるのを見たのだが、
傍に寄るのが怖くて手前でウンコをしたという。

ポケットティッシュで尻を拭いて戻ろうとしたとき、
小屋から声が聞こえた。

子供がはしゃぐ声のようだったので
すこし警戒心が薄らぎ、
足音をしのばせて小屋に近づいた。

木造の古い物置のような小屋で窓はなかった。

入り口の扉には南京錠がかけられていて、
内側からは出られないようだが、確かに話し声がする。

扉の隙間から中を覗くと、
小学校低学年くらいの子供が二人、
床に座ってしゃべっていた。

二人とも目のところに包帯をぐるぐる巻きにしていて、
目は見えないようだった。

一人がふいに扉のほうに顔を向けたので、
驚いて走って逃げてきたのだそうだ。

次の日、祖父に

「ヒサルの小屋に行ったのか?」

と聞かれたが、
奥まで行かなかったので知らないと答えたらしい。

火猿はヒサルと読むのだとそのときに知った。

どう考えても普通のことではないので、
ずっと悩んでいたという。

田舎の風習なのか犯罪に類することなのかわからないが、
肉親が関係しているのかもしれないと思うと、
忘れることなんかできない。

一度、父に山のことをそれとなく聞いたことがあるが、
父は一人っ子で怖がりだったので、
山に入ったことはあまりないということだった。

俺は兄の話を聞いて呆然とした。

祖父に続いて祖母が亡くなったとき、
山は人手に渡ったので今は何の関係もない。

詮索してもいい結果に繋がるとは思えないので、
何か行動を起こすつもりもない。

ただ山にまつわる怖い思い出があったことをここに記す。

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2019.10.16|Genre:|Thread:恐怖の体験話コメント(0)トラックバック(0)Edit
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