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【怖い話 実話 事件】時代にそぐわない出土品や知識・オーパーツ 長編 - 超怖い話 実話

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【怖い話 実話 事件】時代にそぐわない出土品や知識・オーパーツ 長編

オーパーツとは、「Out Of Place Artifacts」の頭文字を

とったもので、「場違いな加工品・工芸品」という意味になるが、

それには知識や情報なども含まれる。

古代の遺跡などから時おり

IMG_1830.jpg


「この時代にこんなものがあるわけがない」

「この時代の人がこんなことを知っているはずがない」

というものが発見されることがある。考古学上で説明のつかない、

時代に合っていない不思議な発見物のことをいう。

古代マヤ族は、紀元前4世紀ごろから、

紀元後9世紀ごろにかけてメキシコのユカタン半島を中心に栄え、

なぜか繁栄の途中で都を捨てて急にいなくなってしまった

謎の民族でもある。

考古学者である、アルベール・ルイリエル博士は、

十数人の調査チームと共に1949年、

このメキシコのユカタン半島の南西部にある、

「パレンケ」という村を訪れた。

ここから10kmほど離れた密林地帯を調査するためである。

これまで、マヤ族の遺跡は半島のあちこちで神殿や

石像などが発見されていたが、博士は、この先のジャングル

にも何らかの遺跡があると考えて、この一帯を

調査することにしたのである。

結果的にはそのジャングルの中から、

見事にマヤ族のピラミッドを発見することが出来た。

ピラミッドの中から、死者を葬(ほうむ)ってある棺(ひつぎ)を発見。

その棺のフタに彫られていた模様が右の写真のものである。

この棺のフタの模様が、石ノミの使い方やまわりの紋様

(もんよう)などから判断して、少なくとも1500年以上前・・

おそらく2500年くらい前のものだろうと判断された。

(説によっては1300年前とも2000年前とも言われている)。

その浮き彫りに描かれているものは、宇宙ロケットを

操縦する男の図。片方の手で計器類を操作し、

もう片方の手で操縦桿(そうじゅうかん)を握っている。

男の後ろにはエンジンらしき機械類があり、また、

排気筒(はいきとう)らしきものが後ろに描かれている。

男の鼻の先に描かれているものは、

空気か酸素を供給するためのものではないかと思われる。

2500年前といえば、

人類が空を飛ぶことなど想像も出来なかった時代に、

なぜマヤ族はこのようなロケットの形、

操縦桿、排気筒など、具体的なイメージを持って

描くことが出来たのだろうか。

想像で描くには具体的過ぎるのである。

マヤ族の遺跡からは、他にも不可解な物が発見されており、

代表的なものは、同じユカタン半島の南部の神殿から発見された

円形の平べったい石に刻まれたカレンダーである。

シンボルである太陽の周りを文字や記号で取り囲んであるもので、

マヤ族はこれを使って「一年は365.2420日」だと計算していた。

また、「金星のカレンダー(もし金星に住んだ場合、

一年間とはこうなるというカレンダー)」や、

点と線で形成された「数字」を使って

20ケタや30ケタの計算もしていた。

しかしなぜか、それらを作るために必要であろう道具などは

発見されていない。天体観測の道具や望遠鏡、分度器、

物差しなど、

様々な道具を最初に創造し、天文学や数学が発達し、

少しずつ文明が進化するのが順番であるが、

カレンダーだけが作られているのである。要するに、

過程を飛ばして結果だけの遺跡がそこにある。

確かにマヤ族は、ピラミッドも造れたし、

文字の文化もあった。しかし現実的な生活となると、

トウモロコシを植えて、それをウスで突いて食べることぐらい

しか出来なかったようである。生活の道具としては、

木と石のみで、わずかに金を加工することは

出来たようであるが、

鉄製の道具もなかった。

このような民族が、白紙の状態からカレンダーを造れる

ハイレベルな技術があったとは考えにくく、ある時現れた

知的な生命体に教えてもらったのではないかと推測されている。

棺のフタに描かれている絵も同様で、決してマヤ族が

独自でロケットや飛行機を開発して空を飛んでいたのではなく、

彼らの見たもの、つまり操縦する姿やロケットの外観などの

印象がごっちゃになって、こうした絵になったものだと推測される。

実際に飛行する場合、ロケットにまたがって空を飛ぶということは

現実的ではない。わりと低空を飛ぶなら翼が必要であり、

大気圏を突破する乗り物やミサイルであれば、ロケット型になる。

古代マヤ族が見たものとは、ある日突然彼らの前に現れた、

高度な文明を持った生命体。それは地球外から訪れた宇宙人、

あるいは太古に海に沈んだとされるムーやアトランティス、

レムリア大陸の住民がそこまでの文明を持っていて、

その彼らが現れたのか、いずれにしても推測であって、

マヤ人たちがなぜこういった絵を描けたのかは判明していない。

南極大陸が描(か)かれた古代の地図

1929年、トルコの都イスタンブールの市内を、

ニューヨークからやって来たピーター・ビケンスキーという

学生が歩いていた。ピーターが、ある古い

神殿の跡を通りかかった時、

従者を連れた一人の女性が船乗りらしき男に

乱暴されかかっているところを目撃した。

ピーターはすぐに助けに入り、ボクシングと体当たりでもって、

男たちを追い払った。女性は大変感激し、お礼をしたいので、

どうか私の自宅に寄っていって下さいと言う。

ピーターが案内された自宅とは、す

ごい豪邸であった。女性は一般人ではなく、

この辺りの豪族の姫君だったのである。

このことがきっかけでピーターはたびたびこの女性と会うようになり、

恋仲となった。しかしピーターは旅行者であり、クリスチャンである。

女性の方は生まれた時から婚約者が決まっている

イスラム教徒である。

結ばれるはずもなかったが、その二人にとうとう別れの時が訪れた。

父親が破産したというので、ピーターはアメリカへ

帰らなくてはならなくなってしまったのである。

ピーターが出発する前日、

女性はピーターをトプカピ宮殿に連れて行き、

この中から何でも好きなものをとって、

それをこの地の思い出にしてほしいと、

涙を流しながら言った。

ピーターは、優しい男で姫の迷惑にならないようにと、

高価そうなものは避けて、朽ちたような一つの巻物を手に取った。

「それは・・古い地図です。

何か秘密が隠されていると聞いたことがありますが、

開けると呪いにでもかかりそうで、

私たちは開けたことがありません。

どうか、あなたにアラーのご加護がありますように・・。」

と姫は警告めいた発言をした。

ピーターは、アメリカへは戻ってきたものの、

姫のあの言葉が気になって巻物を所有している気になれない。

考えた末、ワシントンの「記録保存所」というところへ

巻物を寄付してしまった。

この巻物はその後、ワシントンの国立図書館に移され、

そこでそのまま放置状態となり、

図書館の中でホコリをかぷっていた。

巻物が再び人の目に触れたのは、

この27年後の1956年であった。

アメリカ海軍のアーリントン・マレリー少佐が、

この図書館で調べ物をしている時、偶然にもこの巻物が目にとまった。

何だろうと思い、何気に開いてみると、

それは世界地図だった。世界地図の半分の部分のようだ。

地図のスミの方にトルコ文字とラテン語で何か書いてある。

「私、つまりトルコ海軍提督(ていとく)ピル・レースは、

2000年前の20枚の古い地図にもとづいてこれを描いた。

1513年6月4日」

なるほど、要するに、古代の地図のコピーのようなものだ。

アーリントンは、興味本位でしばらく眺めてみた。

見ているうちに妙なことに気付いた。その地図には、

アフリカ・ヨーロッパ・中近東・北アメリカの東側と南アメリカなどが

描(か)かれてあったが、南アメリカの更に南に、

大きな大陸が描かれてあるのだ。

南極大陸としか思えない大陸である。

海岸線はどの部分も妙にリアルに描かれている。

南極大陸の海岸線が正確に判明したのは、

20世紀も後半になってからである。また、この時代では

南北アメリカの海岸線もわかっていなかったはずである。

それが1513年の更に2000年前の地図を写したと書き記されている。

そのような昔から、すでに世界の大陸の形はおろか、

南極大陸の形状まで分かっていたということだろうか。

だが、この地図は何か大陸の形がおかしい。

中心付近に描かれてあるアフリカや南極は、

まるで紙を反(そ)らしたかのように大きく描かれて

異様に盛り上がっているようだし、地図の端の方である

アメリカ大陸はねじれて圧縮されているように見える。

アーリントンは、この地図を軍のそれぞれの専門家に見せ、

紙の材質やインク、地図に書かれている島の名前や海流の

名前などを詳しく調べてもらった結果、

この地図の原本となったのは、南極大陸が

氷に覆われる以前の時代の地球の地図だろうという

結論を得た。その地図を参考にして1513年にこの、

目の前にある問題の地図は製作されたのだろう、と。

≪ロンテウスの地図≫

右半分に南極大陸が描かれている一応、

結論は出たが不思議は不思議のままとして残った。

そして1957年。この年から人類にとって画期的なことが起こる。

旧ソ連のスプートニク1号が初めて宇宙飛行に成功したのだ。

その後、人類は有人飛行を果たしたり人工衛星を

次々と打ち上げたりして、

宇宙から撮影した地球の写真も新聞などに載るようになった。

アーリントンは、気付いた。地球は球状である。

上空から球を見て、真下に近い部分では盛り上がって大きく見え、

球の端に近づくほど、そこにある大陸は歪(ゆが)んで、

まるで圧縮されているかのように見える。

だとしたら、この妙に端の方が歪んでいる地図というのは、

アフリカの上空あたりから地球を見た時の光景なのかもしれない。

球状のものを平面に書き写すとなるとこういう表現になるだろう。

ということは、太古に地球をそれだけの上空から見て、

それを撮影した者がいるということだろうか。

マレリーは地図を、アメリカ地図学会のハプグッド教授に

預け調査を依頼した。ハプグッド教授は、

数学者であるストラッカン博士と共にこの地図を

調べ、いくつかの結論を得た。

この地図中に描かれている南極大陸の中には、

1952年に初めて発見された山脈がすでに描かれている。

また、

その後に発見された小さな島や高原も描かれてある。もちろん、

現在は、これらのものはすべて氷の下にあるので、

レーダーを使わないとそのその存在を知ることは出来ない。

また、地図自体が、人工衛星から撮った写真に

似ていることについても、大陸の描かれている配置からして、

アフリカの南西部の上空2000~3000mの位置から地球を撮影し、

それを参考にしたのではないかと推測される。

教授はこの地図の調査をレポートにまとめ、

南極が氷に覆われる以前に、

何者かが地球の高空から写真を撮り、

それを参考に描かれたものだと結論付けた。

しかし古い地図で南極大陸が描かれているものは

この地図だけではない。

1538年にフランスのジェラール・メルカトールが製作した地図にも、

当時は発見されていなかったはずの南極大陸が描かれており、

地図の注意書きに「古い地図を参考にした」と書かれてある。

また、1531年にフランスのオロンテウスが製作した地図も同様で、

こちらは南極大陸が実際の面積の4倍くらいに描かれていることから、

測量して作ったものではなく、何かを参考に描いたことがうかがえる。

これらの地図の原本となったものは、

高空からの写真かスケッチであろうが、

太古の時代に誰かが、それを当時の民族に渡し、

それが受け継がれてきたのだろうと思われる。

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2016.09.07|Genre:|Thread:恐怖の体験話コメント(0)トラックバック(0)Edit
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