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【怖い話 実話 UMA】(未確認動物)ヘビ状の巨大な海洋生物「シーサーペント」 長編 - 超怖い話 実話

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【怖い話 実話 UMA】(未確認動物)ヘビ状の巨大な海洋生物「シーサーペント」 長編

UMA
▼古代より目撃情報の多い、

海に住む巨大なヘビ状の生物

シーサーペント(sea serpent)とは、

海に生息する巨大な未確認生物の総称であり、

IMG_2584.jpg


特定の一種類を指している言葉ではないが、

その中でも特に、ヘビのような身体をした

巨大な生物をこう呼ぶことが多い。

その目撃例は数百とも数千とも言われ、

古くは紀元前から目撃されており、

ギリシャ神話にも登場している。

シーサーペントは世界中の海域で目撃されているが、

その中でも特に多いのはヨーロッパの

北の海域と大西洋の北部から中央部にかけての海域である。

15~17世紀の大航海時代以降には記録も多く残され、

この当時、ヨーロッパ全域の船乗りたちの間では、

「ヘビの化け物を見た」という話題が常に絶えなかった。

だが、それらの目撃証言は、

見た海域によって内容が食い違っており、

頭の形にしても「ヘビのようだった」「亀のようだった」

「牛に似ていた」「ワニにそっくりだった」など、

様々な意見があがっていた。

大きさに関しても、小さいもので10数メートルから、50m、60m、

現在までに目撃された最大のものでは90mくらいあり、

外見にしても、

「全身に毛が生えていた」「鱗(うろこ)で覆われていた」

「たてがみがあった」など、証言によってバラバラであった。

これらのことから、シーサーペントとは何種類もの種族が

存在していたことが推察出来る。

そして、その化け物たちには、だいたいヒレがついていた。

中世以降に製作された地図には、海の部分のところどころに

シーサーペントの絵が描かれているものが多く残っており、

これらはシーサーペントと遭遇した場所を表している。

シーサーペントとは、この時代の船乗りたちの

恐怖の対象であったのは間違いない。

シーサーペントに関しては、中世以降はもちろんのこと、

20世紀に入っても目撃証言が残っており、また、

数は少ないが写真やビデオにも撮影されている。

▼デイダラス号の目撃

1848年8月6日、イギリスの軍艦デイダラス号が、

大西洋を北上しイギリスへと向っていたところ、

甲板で見張りをしていた仕官が巨大な生物を発見し、

すぐに艦長に報告した。

この生物は、頭の部分だけを1.2mほど海上に出し、

胴体の直径は40~50cm、体長は18m以上あった。

背中にはたてがみのようなものがあり、

艦長のピーター・マクヒーと士官の4人、

水兵3人がこの怪物の動向を20分ほどじっと見つめた。

イギリスに到着し、この生物と遭遇したことを公式に発表し、

ピーター・マクヒー艦長は「私をはじめとして4人の士官と3人の

水兵が目撃したことを名誉にかけて誓います。」とまで言い切った。

このことはイギリスの新聞にも掲載され、シーサーペントの

目撃例として最も有名な出来事となった。

▼シーサーペントとの遭遇(そうぐう)と攻撃

シーサーペントはこれまで、単に目撃されただけではなく、

実際に人間が攻撃を加えたり

被害に遭(あ)ったりした記録も残されている。

●1500年代後半、北大西洋でスペインの

軍艦がシーサーペントに遭遇した。

当時スペインはフィリップ二世が統治し、

「無敵艦隊」と呼ばれていた時代である。

その時シーサーペントは、海上に頭を出して二枚のヒレを

広げて泳いでいたが、スペイン艦隊はいきなり砲撃を開始した。

ヒレの片方に砲弾が命中し、シーサーペントは叫び声を

あげて苦しんだ。傷ついたシーサーペントは逃げ始めるが、

人間たちはそれを追いかけ、ジブラルタル海峡を抜けて

アルボラン海まで追いかけた。そしてバレンシアの浜辺に

たどり着いた時、ついにシーサーペントは息絶えた。

500km以上逃げたことになる。

浜辺に引き上げられた死体は巨大で、

長さの記録はないが、胴の幅が4m前後あり、

口を開けると人間が馬に乗ったまま入れるほど

大きかったという。そして腹をナイフで裂いてみると、

胃袋の中から人間の死体が二体出てきた。

●1808年6月、スコットランドのヘブリディーズ諸島の近海で、

ドナルド・マックレインが操縦していた船が全長24mの

怪獣に追いかけられた。ドナルドは必死に逃げて

岸までたどり着いたが、怪獣も岸までついてきた。

しかし怪獣もうっかり浅瀬まで来てしまい、

そこでしばらくのたうちまわって苦しんだ後、

何とか海へ戻り、そのまま逃げていった。

怪獣は上下運動で泳いでいたというので爬虫類で

はないようである。

●1848年9月20日、アメリカの帆船(はんせん)

ダフネ号が、ポルトガルのリスボンの沖

(南緯4度11分・東経10度15分)で、全長30mの

シーサーペントに遭遇した。船長のコメントによると、

それは「龍の頭を持つ巨大なヘビ」ということだった。

ダフネ号はその怪獣に36mの距離まで接近し、

砲撃して命中させ、怪獣は苦しみながら逃亡していった。

●1875年7月、イギリスの帆船ポーリン号が、

南緯5度13分・西経35度のあたりで、

マッコウクジラとシーサーペントが戦っている

場面に遭遇した。シーサーペントは胴まわりが

2.5mから3mくらいあり、その身体をマッコウクジラに

二周巻きつけていたというから、全長は推定で30m前後ある。

クジラはその付近に、もう二頭ほどおり、

仲間を助けようとしているようにも見えた。だが、

シーサーペントはクジラを巻いたまま

海の底の方へと沈んでいった。

※マッコウクジラ:成長すれば、オスで体長16~18mくらいになる。

●1875年、イギリスの貨物船パウライン号が、

タンザニアのザンジバル港を目指して航海していた時、

シーサーペントがマッコウクジラに巻きついて

絞め殺している場面に遭遇した。ボキッボキッと、

クジラの骨が折れる音が乗組員たちにも聞こえた。

●1917年5月22日午前9時ごろ、

イギリスの商船ヒラリー号が大西洋のアイスランド沖を

航海中、体長約18mのシーサーペントに遭遇した。

ディーン船長は接近を命じて距離30mまで近寄って観察し、

このことは航海日誌にも記録した。

頭は牛に似ているが、牛よりも大きい。

身体の色は真っ黒で、背中には1.2mほどの

三角形の背びれがある。海上からは6mほど

首を出して蛇行して泳いでいる。

船長はこの怪物に対して攻撃を命じた。

すぐに砲撃が開始され、12発目を撃ったところ、

これが命中し、シーサーペントは海上で3分ほど

バシャバシャともがき苦しみ、そのうち海に沈んでいった。

●1922年、南アフリカの東側に位置するマーゲイト沖で、

ヘビ状の怪獣一体とマッコウクジラ(シャチという説もある)

二頭が戦っているのを大勢の人達が目撃した。

怪獣は6mほど上半身を海上に出し、

尻尾でクジラを殴っていたが、

この戦いはクジラが勝利し、怪獣は殺されてしまった。

その夜、この怪獣の死体が浜に打ち上げられた。

全長は14m、幅3m、厚みが1.5mで、

全身が20cmほどの白い毛で覆われていた。

頭に当たる部分には頭らしいものはなく、

代わりにゾウの鼻のようなもの(長さ1.5m、

直径35cm)がついていた。

●1931年、ハワイ近くの海で、

アメリカ船カレドニア号の甲板の上に、

体長20mほどの怪獣が突然飛び乗ってきて、

その場にいた水夫をくわえて再び海中へ飛び込んだ。

怪獣はカメとトカゲを合わせたような生物だった。

●1947年12月30日、アメリカの汽船サンタ・クララ号は

ニューヨークを出発して大西洋を航行し、

コロンビアに向かっていた。だが、北アメリカの

東海岸・ノースカロライナ州の沖合い

(北緯34度34分・西経74度7分)の地点で、

ガツンという音と共に何かに衝突した。

現場を観察した二人の航海士によると、

ぶつかった相手は全長13.5mほどの巨大な

ウミヘビかウナギに似たような生物で、

身体の幅は90cm、頭の長さは1.5mくらいだった。

付近の海は血に染まり、重傷を負った

怪獣は苦しみながら海の中へ沈んでいった。

●1958年、ブラジルのリオデジャネイロ湾に巨大な

ヘビ状の怪獣が現れ、市民からの通報を受けてすぐに

武装警官隊が派遣された。警官隊は機関銃とダイナマイトで

怪獣に総攻撃を加えた。

●1962年2月24日、アメリカ・フロリダ州のペンサコーラ

湾の沖で、ハリケーンの影響で高校性5人がボートに

乗って漂流していたところ、突然巨大なシーサーペントが

海の中から現れた。

海上から3.5mほどの高さに頭を出して叫び声をあげ、

一気に高校生たちに襲いかかった。5人のうち3人が食われて、

ボートは破壊され、1人は遺体で流れつき、かろうじて

1人だけが生き残り沿岸警備隊に保護された。

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シーサーペントとは「特定の一種類を指すものではなく、

海ヘビ状の身体をした未確認の海洋巨大生物の総称」であるので、

その正体も様々なものが含まれる。その中にはもちろん、

本当に人類の知らない生物も含んでいるが、ウナギや海ヘビなど、

既存の生物が巨大化したものも正体の一例として挙げられている。

ウナギといえば小さいものを想像しがちだが、これまでに3.6mの

ウナギも発見されているので、それ以上巨大なものがいる

可能性もないわけでもない。

また、イカの中でもダオウイカは、本来巨大な生物ではあるが、

1878年、北アメリカのニューファンドランド島と、

そして1939年にノルウェーで捕獲されたものは全長18mを超えていた。

また、1896年にフロリダ半島のアナスタシア海岸の砂浜に

打ち上げられた巨大タコの死体は、足を広げた長さは30m

にも達した。海洋生物は、人類の常識を超えるほどに成長する

場合も十分にある。

そしてシーサーペントの正体としてよく挙げられるのが

「リュウグウのツカイ」と呼ばれる深海魚の一種である。

東京のサンシャインシティの「サンシャイン国際水族館」の

入り口付近に標本が展示してある。だいたいは全長5m前後であるが、

10mに達するものもある。

リュウグウノツカイは100~700mの深海に住み、

身体は薄っぺらで、顔はグロテスク。海で遭遇すれば、

確かに化け物にも見える。
このリュウグウノツカイが、まだ未発見の時代にその魚を

目撃すれば「シーサーペントを見た」ということになるが、

現在のようにその存在が明らかになっている場合は、

「それはシーサーペントではなく、リュウグウノツカイの

見間違いだ。」ということになってしまう。

同じ生物でも時代によって評価が違ってくるのだ。しかし、

普段深海に住んでいる魚がたびたび海面付近で

目撃されたというのも考えにくい。

他にも、ネッシーのようなプレシオサウルスなどの

海生爬虫類の生き残りであるとか、

1768年に絶滅したとされている海牛目ジュゴン科の

「ステラーカイギュウ」などもその正体の候補として挙げられている。

ステラーカイギュウは北太平洋に生息していた生物で、

成長すれば体長9m、体重13 t にも達し、

また、15~17世紀の大航海時代には、まだステラーカイギュウは

生存していたので、

これが目撃されて騒ぎになったことも考えられる。

ステラーカイギュウは非常におとなしい性格で、

浅瀬に集まってきては海草などを食べて生活していたのだが、

その肉が非常においしかったため、たちまちのうちに

人間たちに狩り尽くされてしまい、絶滅に追い込まれてしまった。

近年それらしい生物を見たとか、死体が流れついたなどの

情報もあり、ほんのわずかではあるが生存している可能性もある。

▼見間違いについて

シーサーペントの目撃情報は何百何千とあるが、

この中にはもちろん流木や海草の見間違い、

魚の群れがそれらしい形に見えた、というケースも

含まれる。また、蜃気楼による見間違いという説もある。

蜃気楼は、空気の層に温度差が出来ることによって、

光の屈折率が変わり、実際の大きさよりも随分と物が

大きく見える現象で、人口的に蜃気楼を作りだした実験によると、

現物の3倍くらいの大きさに見えたという結果も残っている。

これはシーサーペントを「一人の人間が一瞬見た」という

場合ならば当てはまるケースである。

しかし蜃気楼による拡大像とは、場所を移動しても

(船を動かしても)、いろんな角度からの視点に

対して当てはまるのかどうかは疑問である。

何十メートルもある巨大な生物が未(いま)

だに発見されていないということも不自然に感じるが、

現在人間が住んでいる陸地でさえ、

未確認動物といわれるものはたくさんおり、また、

この地球上で、人類が踏み込んだことのない

大自然の中には人間の知らない生物が相当数

いるだろうと言われる。まして広い海ともなれば、

その全てが分かるのは遠い未来のことかも知れない。

シーサーペントについては見間違いも数多くあるだろうが、

信憑性(しんぴょうせい)の高い情報もあり、

まるで特撮映画にでも出て来るような巨大な怪獣が、

いまだに人知れず大海原に生存している可能性は十分にある。

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上は1995年12月31日に

ニュージーランドで

捕獲されたイカ。体長は約8m。


下は1957年に三重県鳥羽市

答志島(とうしじま)で

捕獲されたマダコで、

足が85本ある。

三重県の鳥羽水族館に標本

として展示されている。

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2016.09.07|Genre:|Thread:恐怖の体験話コメント(0)トラックバック(0)Edit
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