【怖い話 実話 不気味な話】最も有名な心霊スポット 恐ろしい話 短編 - 超怖い話 実話

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【怖い話 実話 不気味な話】最も有名な心霊スポット 恐ろしい話 短編

心霊スポット巡りをしていた時の話。徳島には有名な病院の

廃墟が幾つかあり、とりわけ天野病院、かん医者、

福井病院は三大病院廃墟として有名で、知名度からいけば

天野病院は徳島で最も有名な心霊スポットと思われる。

IMG_1215.jpg


その中から、「天野病院」を訪れてみた。

事前の情報では既に取り壊されているとの話であったが、

医師の宿直に使ったと思われる建物だけが

残っているという話だった。

たとえ解体撤去されていても、有名スポットだけに、

跡地だけでも見てみたいというのが正直な所だった。

聞いた話などを総合すると、天野病院はかなり昔に

廃業したらしく、その後、荒れるに任せ廃墟として

長い間放置されていたという。

建物があった当時は、町でも「幽霊屋敷」として

有名な存在だったという。

病院として経営していた当時の様子なのだが、

何分にも昔の話なので、人によって話が変わってくる。

当時は綺麗で大きな病院だったという話も有れば、

診療所といった程度の規模だったという話もある。

また、開院当初は、結核患者や頼病患者を対象とした

隔離病院で、その名残として窓には×字形に

鉄柵がはめられていたという話も有るが、

事実の程は不明である。

病院の中は、当時のカルテ、錆付いたメス、

血痕の付いた服、ビーカー、布団、大正時代の

年号の記された領収書、目録、食器、雑誌、

オルガン・・・そして赤ちゃんのホルマリン漬けが

あったという。
また、地下室があり、そこが手術室になって

いたという噂から、棺桶があったという噂まである。

この廃病院に残されたカルテ。

これこそがもはや都市伝説にまでなった

天野病院の最大の恐怖である。

この話にも何パターンかの話があるのだが、

最も代表的なものは、肝試しに入った若者(T島大学の

生徒だったという話もある)が病院内に散乱していた

カルテを面白半分に持って帰ったそうだ。

すると、彼らが家に帰ると廃業しているはずの

天野病院から電話がかかってきて、「天野病院の○○

(看護婦)ともうしますが、△△さん(カルテを持ち出した

若者)先日持ち出したカルテを返していただきたいのですが」

と名指しで電話があったという・・・。

そして、余りの恐怖に彼は翌朝早々にカルテを持って

天野病院を訪れたそうだ。

しかし、その時、地下室で『何か』を見てしまったらしく、

恐怖の余り彼は気が触れて精神病院に

入院したということだった。

また、別の話では・・・彼が持ち出したのは

何も書いていない白紙のカルテだったという。

ところが、その日の夜、天野病院からカルテを

返して欲しいという旨の電話がかかってきた。

そして、彼がそのカルテを見ると、白紙であったはずの

カルテには、彼の名前と「右足骨折」と書かれていた・・・。

翌日、彼は不注意から右足を骨折、カルテに

書いてある通りになったという。

他にも、カルテに書いてある病名を口にするとその

病気になるといった話もある。

天野病院を訪れた若者が車に乗って帰ろうとした時、

突然車の窓ガラス全てが真っ白になり、そこに

「二度と来るな」という文字が浮かび上がったとか、

肝試しに訪れた4人のうち3人が自動車事故に遭ったとか、

病院の前まで来ると突然車のエンジンが止まり、

エンジンがかからなくなったという話も聞いた。

変わった話では、天野病院の前にはキューピー人形

(首が無いともいう)が落ちていて、

これを踏んでしまうと命を落とすといった話もある。

死ぬかどうかは別にして、誰かのイタズラかもしれないが、

実際にキューピー人形はあったらしい。


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2017.02.11|Genre:|Thread:恐怖の体験話コメント(0)トラックバック(0)Edit
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